メイクアップアーティストのIKKOさんが言う「どんだけ〜」とは、いったい何なのか。
普通に考えれば、「どれだけなのか」という意味だろう。
驚いたときや、あきれたときに使う言葉なのだと思う。
しかし、それだけでは説明できない。
あの独特の伸ばし方である。
「どんだけ」ではない。
「どんだけ〜」である。
最後の「け〜」に、何かが残っている。
本当に日本語なのか
私はIKKOさんについて、それほど詳しく知らない。
メイクアップアーティストで、テレビに出ていて、「どんだけ〜」と言う人。その程度の認識である。
だが、あの言葉を何度も聞いているうちに、本当に日本語なのか疑問が出てきた。
もしかすると「どんだけ〜」は、一つの日本語ではない。
細かく分けると、
Do・Un・Da・Ke
なのではないか。
日本語だと思うから意味が分からないのであって、別の言語として聞けば、急に民族的な響きが出てくる。
ドゥ。
ウン。
ダ。
ケ。
四つの音を並べると、遠くで太鼓が聞こえてくる気がする。
Do・Un・Da・Ke民族音楽説
何の根拠もないが、「Do・Un・Da・Ke」は、IKKOさんが故郷を思い出したときに自然と出てしまう民族音楽なのかもしれない。
もちろん実際の出身地やルーツについては調べていない。
ただ、華やかな衣装や堂々とした存在感を見ていると、私の頭の中では、なぜか大地の祭りが始まる。
中央で誰かが太鼓をたたく。
周囲を人々が囲む。
一人が低い声で、
「Do!」
と叫ぶ。
全員が、
「Un!」
と返す。
続いて、
「Da!」
「Ke〜!」
と歌いながら踊る。
おそらく、これが原型である。
テレビでIKKOさんが「どんだけ〜」と言うたび、本人の中では一瞬だけ故郷のサイファーが始まっているのではないか。
最後を伸ばす理由
この説なら、「け〜」を伸ばす理由も説明できる。
民族音楽は、最後の一音を短く切ってはいけない。
「Do・Un・Da・Ke」で終わると、点呼のようになってしまう。
最後を「Ke〜」と伸ばすことで、声が空へ抜け、遠くの村まで届く。
そしてIKKOさんの「どんだけ〜」には、手の動きも付いている。
あれも単なるテレビ用の動作ではなく、遠くにいる仲間へ合図を送っている可能性がある。
「私はここにいる」
「祭りはまだ終わっていない」
「次はあなたが歌う番だ」
そういう意味なのかもしれない。
本当でない可能性の方がかなり高い。
別の可能性もある
もちろん、もっと普通に考えれば、言葉の勢いがよく、覚えてもらいやすかっただけかもしれない。
別の説では、最初は「どれだけ〜」と言う予定だったが、「れ」がどこかへ行ってしまい、「どんだけ〜」になった可能性もある。
あるいは「どん」という太鼓の音と、「だけ」という限定の言葉を合体させたのかもしれない。
つまり、「太鼓は一回だけ」という演奏指示である。
しかし実際には毎回言っているので、一回だけではない。
この説は早くも破綻した。
あの言葉は耳に残る
初めて「どんだけ〜」を聞いた人の中には、意味より先に音が頭へ残った人もいると思う。
何に対して言っているのか分からなくても、なんとなく使える。
驚いても使える。
あきれても使える。
特に何もなくても、勢いだけで使える。
そう考えると、「Do・Un・Da・Ke」が古くから伝わる掛け声だったとしても、それほど不自然ではない。
いや、かなり不自然ではある。
結論
IKKOさんの「どんだけ〜」が、本当は何を意味するのか。
検索すれば、本人がどこかで説明しているかもしれない。
しかし、今のところ調べる予定はない。
私の中では、故郷の祭りで歌われる「Do・Un・Da・Ke」という民族音楽が、テレビ出演中に思わず出てしまったということで決着した。
次に「どんだけ〜」を聞いたときは、遠くで太鼓をたたく人々を思い浮かべるだろう。
間違っていても、特に誰も困らない。
ここまで音を四つに分解したことが、一番どんだけな話だった。
