とにかく明るい安村は、本当は自分を安心させているのではないか

どうでもいい話

安心してほしいのは誰なのか

とにかく明るい安村さんは、ほぼ裸に見える状態で言う。

「安心してください。はいてますよ。」

見る側としては、たしかに少し安心する。はいていない場合、テレビどころではない。

しかし、よく考えると妙である。

本当に安心している人が、何度も「安心してください」と言うだろうか。

もしかすると安村さんは、私たちを安心させているのではない。自分自身に向かって言っているのではないか。

安心してください。大丈夫です。まだ、はいてますよ。

これは衣服の確認ではなく、精神状態の確認なのかもしれない。

「安心してください」と言う人ほど不安説

人は不安なとき、逆のことを口にする場合がある。

何の問題もない人が、何度も「問題ありません」と言う必要はない。「全然怒ってない」と何度も言う人は、だいたい少し怒っている。

見栄や虚勢というものもある。

本当は不安でたまらないのに、周囲には「私は動じていない」と見せる。その言葉を周囲へ聞かせながら、同時に自分にも聞かせている。

安村さんの「安心してください」も、そうなのではないか。

もちろん、これは心理学的な診断ではない。私が勝手に真剣な顔で考えているだけである。

三人の間に存在する謎の道

私の中では、安村さんと、どきどきキャンプの岸学さん、インパルスの堤下敦さんには、なぜか少し似た輪郭がある。

岸さんはジャック・バウアーのものまねで知られ、堤下さんも独特の存在感を持っている。

三人を並べると、一般的な王道の芸能人とは少し違う道が見えてくる。

大通りではない。脇道である。

しかも普通の脇道ではなく、進んだ先に何があるのか分からない、芸能界の地下通路のような道である。

安村さんは、その二人の後ろに三番目として並ぶ未来を、どこかで恐れていたのではないか。

だから自分に言った。

安心してください。

まだ私は大丈夫です。

まだ地上にいます。

「はいてますよ」は「はい上がれますよ」

ここで私は、さらにどうでもいいことに気づいた。

「はいてますよ」は、「はい上がれますよ」に少し似ている。

つまり、あの言葉は岸さんや堤下さんへのメッセージなのではないか。

安心してください。

はい上がれますよ。

今いる場所が地下であっても、少しテレビから離れていても、人生はそこで終わりではない。何度でも出直せる。もう一度、自分の場所まで上がってくればいい。

ほぼ裸の男が、パンツを隠しながら仲間へ送る、熱い人生応援歌である。

見えていないのはパンツだけではない。

その言葉に隠された友情も、普段は見えていない。

本人もそこまでは考えていない

もっとも、安村さん本人が、岸さんや堤下さんのことを考えて、この言葉を作った可能性はかなり低い。

「はいてますよ」と「はい上がれますよ」が似ているという理由だけで、ここまで話を広げたのは私である。

検索すれば、キャッチフレーズが生まれた本当の理由も分かるのかもしれない。

しかし調べない。

私の中では、「安心してください」は自分を励ます言葉であり、「はいてますよ」は仲間へ向けた「はい上がれますよ」なのである。

そう考えると、あのポーズが少しだけ神々しく見えてくる。

次に見たときも笑うとは思うが。

結局、はいているかどうか以外は、かなりどうでもよかった。


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